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【今福線】未成線への挑戦【2/3】

二日目です。
まずは朝食を頂きます。

朝日

島根からおはようございます。
本来なら朝食はついていないのですが、昨日沢山作って頂き朝食分の量がありましたのでそちらを居t抱きました。なんと、お味噌汁付き!
朝食食べない習慣の私ですが、遠出の際だけはしっかりといただいております。
コテージはボランティアでされておりとてもくつろぎお世話になりました。
八時半頃出発でありそれまで、各々朝のくつろぎいざ本日最初の目的地へ。

木田小学校外観 

最初はコーヒーの試飲ができるという、旧木田小学校へ。
ここでは、缶コーヒーを発明した三浦義武氏のヨシタケコーヒーを頂くことが出来ます。

木田小学校廊下 

今回、持ち歩きサイズの資料を頂きました。簡略に説明します。

旧木田小学校は明治7年に創立されます。
そして、自費を持って校舎を建て村へ寄付されたのが佐々田懋(すすむ)です。

木田小学校教室 

さらに建て増しし寄付されます。その後62年間使われます。
東京の教育雑誌に写真と共に掲載され「我が国小学校中の国宝的存在」と紹介されます。

佐々田氏 

通っていた小学生でも写真を見ると直ぐに分りそれほど、この地に佐々田懋氏は大きな存在です。

木田小学校金次郎像 

二宮金次郎像が私の小学校には居なかったのですが、最近の金次郎像は座っている所もあるようです。歩きながら読むのは危ないという理由を聞いたことがあります。
ですが、私の中では金次郎って仕事をしながら勉強に励んだという印象があり座り勉強している姿に意味はあるのか・・・?と思ってしまいます。
現代で言う、歩きスマートフォンみたいな感覚なのでしょうか・・・?

木田小学校石碑 

金次郎像の反対にありました。139年の歴史。
この木田小学校は地域の人に愛されており、今も大切に使用されています。
小学校としての歴史は閉じてしまったけど、これからもこの建物は長い長い時間をいきていくのですね。

佐々田家 

こちらが豪農である佐々田家です。バスの車窓から撮りましたが綺麗に撮れました。
多くの土地を所有していると、周りから恨まれたりしないのかなぁというのが私ですが、ここは愛されいる感が伝わってきます。

丸原トンネルへの道 

続いて目指すのは、丸原トンネル。その道中、気が生えており長い年月を象徴しています。
これは、切ったら大ブーイング!と声が上がり、恐らく残されるのではないかと予想しています。
しかし、コンクリを無視して生えてくる自然には勝つことが出来ません。

丸原トンネル入り口 

こちらが丸原トンネル。
赤い矢印の辺りに矢印が見えますか?木々に終れていますが、ちゃんと入り口があります。

丸原トンネル名盤 

丸原トンネルの名盤。

御神本トンネル名盤 

もう一つは御神本トンネルの名盤。
確かこの上、登れない事はないのですが急斜面と柵なしで上を見上げて撮る事さえ少し危なかったです。
そしてこのあたりのトンネル蝙蝠集団がいますのでご注意ください。

おろち泣き橋 

ここはおろち泣き橋という場所なのですが、この道中に見学者用休憩所があります。
トイレ設備されているのですが、バイオマストイレ。
微生物が、排泄物を分解するというエコ的なトイレです。流すタイプもあるようですが、此方は流さないタイプ。洋式タイプで誰でも使いやすく、ちゃんと手洗い用の水もあります。

おろち泣き橋説明 


さて、おろち泣き橋ですが。こちらの橋とある場所だけ川の音が大きく聞こえるのです。

私的には高音波みたいなので、そう聞こえる人もいるよって場所かな?と思っていました。
しかし、本当にその場所に行くと大聞く聞こえるのです。
私がそういう人なのか?と思いましたがその場所に立った人全員が、驚いていました。
その部分の構造によりそう聞こえるようです。

この頃雨が強くなり、バスで傘を借りて次の場所へ。

鉄学の道 

それが鉄楽の道。柵の内側にまた柵を設けて見学できるようにされています。
元の柵はもろく、触るだけでぐらぐらと揺れます。

鉄学の道2 


もっと先に行くと旧線と分かりやすい場所になります。
今歩いている場所が新線です。そろそろ、新線のお話を致します。

戦後、今度は別に浜田駅を起点にし再開されるも昭和55年(1980年)に国鉄再建法(経営改善を促進するため執るべき時別措置)の為工事が中止されます。
(※国鉄再建法の詳しい話はWIKIなどをご参照ください。)
その後、引き継ぐ業者が現れず未成線として今福線は幕を閉じます。

鉄学の道3 

これが、【幻の広浜鉄道】です。

鉄学の道4 

今回ツアーで一番最後の場所です。
トンネルの中は自然に少しずつ侵食されていました。

特別な許可 

※注意※

この先より本来、入ることが出来ない旧線への道を特別な許可を得て探索させて頂いております。
こうやって、通せんぼがおいてますので許可なく入る事は絶対におやめください!


特別な許可2 

旧線から眺める新線です。この光景を見ることは滅多に出来ない為、何枚も撮りました。
天気が良くても、また眺めは良いのでしょうが雨というこの霧ががった雰囲気がまたよく良いシチュエーションだったのではないかと思います。

特別な許可3 

さっき新線から眺めていいた橋です。念の為に、5人ずつで渡りりました。
この渡り切った奥にも道は続いているようですが、雨で私は引き返すことにしました。
もう一度言いますが、本当に危ないです!

終了 

旧線を出てバスへと戻り昼食である旧佐野小学校で昼食を頂き、広島へと戻りました。
(旧佐野小学校ですが、昼食を食べてすぐバスの時間でしたので撮影ができませんでした。)

これにて今福線モニターツア―が終了です。

以下、何時もの私の感想等、フリートークとなりますのでお暇なときに読んであげてください。

ここまでお読み頂きありがとうございました!お疲れ様です。
いかがだったでしょうか?
1泊2日の今福線モニターツアー。私はとても楽しませて頂きました。
申し上げた通り、モニターツターなのでこれから色々と検討され正式なツアーが出来る事を楽しみにしています。
今回、ツアーの参加者は鉄道関係に詳しいかただったり、未成線に詳しい方だったり、色々な方面でディープな活動をされている方々でした。
その中で、近年興味を持ち始めた初心者である私が参加させて頂き大変勉強になりました。
鉄道用語だったり地形というのは難しいですが、もしかしたらここに電車が走っていたのかもしれない!そのわくわく感があれば十分楽しめます!

しかし初心者が何を語るのか?言葉で語る事は難しい、けど伝えたい。ならば、私には写真があるじゃないかと、選び抜いた写真をたくさん使用しました。言葉じゃなく写真で語る。
写真をたくさん見てほしいと今回は言葉少な目だったと思います。
少しでも伝わり、行きたい!と思って頂ければ、嬉しいです。

もう一つ言いたいことがあります。
それは、島根の人はみんな親切で優しいです!心暖かく迎えて下さり、癒されました。

最後になりますが、主催者・関係者様・参加者の皆さまありがとうございました!お疲れ様です!
また、よろしく願いいたします!

朝日町マンホール 

すみません、いれるタイミング全く見失いましたが旭町のマンホールです。お納めください!


※業務連絡※

今年の更新についてですが、まだ月の半分残っていますので一枚写真等はあげれるのではないかと考えています。今年のツアーや行ったところで、載せたくても長さの関係で載せれなかった写真や過去の写真、まだまだありますので気の向くままにのんびり更新する次第です。
尚、Twitter(一番最速)やメールは返信遅れましても年中受け付けておりますのでご質問やご意見・ご感想等ございましたらよろしくお願いいたします。


【今福線】未成線への挑戦【1/3】

恐らく私の今年、最後の大型ツアーになるであろう今福線モニターツア―に参加してきました。
12月3日から4日の1泊2日のJ-heritageさん主催です。

今福線って何?って方に簡潔に説明しますと島根県にある広浜鉄道今福線という未成線です。
【幻の鉄道】とも呼ばれています。一体どんな鉄道なのか?
実は、この今福線には未成線で旧線と新線があるのです!
歴史は写真を見ながら話していくとして、まずは集合場所である広島を目指します。

今回はなんと、関西乗り合い組に入れていただきました。
この場を借りて行き帰り運転してくださった参加者でもあるお二方にお礼申し上げます。ありがとうございました!同乗されていた方も親切でありがとうございました。

ドライブイン古城 


広島までの道中、運転をしてくださった方の粋な計らいで岡山倉敷市ドライブイン古城へ!
深夜撮影の初の場所!遠くのトンネルがいい具合・・・
そしてここでは、初めて実物に出会います!

うどんそば自販機 

初めまして!うどんそば自販機!
まさか、出会うことが出来るなんて思いもしなかった。
そば220円・うどん210円という本当にお手軽価格であり都市伝説の事実を目にしたような衝撃を受けました。
しかも、出来上がると電子レンジの様な「チン!」と音を立てて出来上がりを知らせてくれるのです。

そば 

そして、かなり本格的なんです。自販機のデザインは気に入っていましたが味は正直、ネットじゃ美味いって言われてるけど麺も伸びきってる感じで天ぷらもそこまで美味しくなくて出汁もうっすいんだろうなぁー。まぁ、自販機のこの値段で食べるには妥当くらいのもんだろう・・・
って思ってたんです。

申し訳ありませんでした!!すっごく美味しいです!麺なんて本当しっかりしてるし天ぷらと出汁が啜る度に口の中で味が広がり最高に濃厚です!
自販機のレベルではないです。数が減少していますがこれ・・・もっと普及してほしい。いや、少ないから需要があるのかと悶々とします。

関西県内だと兵庫県が一番近い様です。しかも、場所によって味が変わるそうで・・・
確かにこれはファンがつきますね!
他にも、レトロゲーム機があり深夜散策を少ししてからまた広島を目指します。
広島県内には早く着いたため尾道鉄道の旧線に連れて行ってもらったり面白い店を紹介してもらいまた広島港で、うどんそば自販機。この時、酔い止め飲み忘れており飲んで時間が経っていなかったため私は断念しました。

広島から島根へ行くときには薬のおかげで、まっしでしたが念の為に前の席へ。
このまま、まだ今福線には行かず先に行くのは【畳ヶ浦】
ここは、バスの車窓から眺めて目に飛び込んだとてもきれいな海です。

畳ヶ浦隧道外部 

ここから見える景色もいいのですが、近くまで行った写真を乗せたいので先に進みます。
ガイドの付き添いで畳ヶ浦隧道へいざ!隧道と見るだけでわくわくするこの気持ち!

畳が裏名盤1 

マンホールと名盤を見つけたら取りたくなります。

浜田マンホール 

お待たせしました。いつものです。

畳ヶ浦隧道内部 

話を戻しまして中を歩きます。しばらく歩くと一度広場所に出ます。

洞窟 

実際、薄暗いです。見えないほどでは無いですが洞窟の中に光が差し込んでいる様で神秘的といいましょうか・・・時折小波がザァァァ!となり石にぶつかる音とシャッター音が響きます。
この先にはまた、トンネルがあり中には畳ヶ浦の説明がありました。

名盤2 

もう一つのトンネルを抜けた先の名盤です。

海 

そして視界に広がるのは海!この日は本当に天候に恵まれており暑いくらいでした。
早朝はとても寒かったのに、写真撮るには最高です。
ここは、貝の化石等が多く見られる場所です。あと、ウニもいました。海でウニを見るのは初めてです。そしてシーグラスも拾えます。

火サス 

大きな岩があり登るとまた景色がいい。勝手に火サススポットと内心命名してました。
私が犯人を止める視点・・・あの先には真犯人みたいな感じです。
まぁ・・・落ちて死ぬまではしませんが確実に大けがしますのでここまでにしました。
何せ、この日は足の感覚が良くなくて本気で怪我思想でしたので。(この言葉よく覚えていてください。)

見下ろす 


あまり高さを感じない方のために。人は一応見下ろせる程の高さです。
※登るときは自己責任で。

しばらくの散策の後は昼食を摂り再び今福線を目指します。

下府駅舎 

まずは、旧線今福から。
こちら下府駅から旧線は計画予定でした。
さて、少し旧線のお話をさせて頂きます。

今福線は広島と浜田を結ぶ広浜鉄道の島根川ルートとして計画されました。
昭和8年からこちら下府を起点に岩見今福まで着工されています。しかし昭和15年太平洋戦争の為、中止となります。それが旧線今福線です。新線のお話はまた後ほど。

下府待合室 

待合室があるにも関わらず、地元の学生はホームの端の方で座り込み話をしていました。
多分、弁当食べていたような気がします。唐突に現れたツアーの私達に少し驚いてました。
向かいのホームへと向かっている最中、マイペースにも撮影をしていたのですが電車が来ると聞き急いでホームへの階段を上がります。

下府回送1 

当然、焦りピンボケ。そして、一眼レフも焦ったのが処理が遅い!

下府回送2 

なんとか去っていく姿は収めることが出来一眼レフと共に一安心。
さぁ、この後ろには旧線の後があります。

下府 

勿論、草が生い茂っており藪も。
ここで、とある事に気付く。

・・・これは初めての藪漕ぎ体験ができるのではないか?と。

気が付けばすでに藪を進む達人たちの姿が。ガイドの方が普通に道はあるといおっしゃられていましたが・・・これは初の藪漕ぎチャンスと後を追います。
自然の力は強く草木は跳ね返り思っていた以上に足をとられました。
身を屈め抜けた先には道がありました。その道に降りる前には少し急な斜面を下って・・・

いや、滑りました。しかし、ここは学生時代に培った技術で無傷!(※ズボンへの被害は除く。)
先程、畳ヶ浦で今日は足が悪い日だと察していたにも関わらず好奇心に負ける!
しかし、初の藪には勝った!
勇ましく、下府駅に戻ります。

下府水路 

まぁ、すぐにこの水路を通って滑った場所まで戻るのですがね。

下府登り跡 

今回、分かりやすくするため赤い丸で囲みましたこの場所。どうやら未成線を求めて登った跡あがあるようです。本来今福線が通っていればこの場から電車が見れたわけですね。
そして、ここを登っていく達人たち。私も試みましたが、レベルが足りず諦めました。
これは、流石に慣れていないと怪我します。
そして、ここを抜けた先の道はちゃんと見れますのでご安心ください。

案内板 

とても親切案内板もあります。載っている写真の中でも小学生の通学に危ないと解体された場所もありますが面影があります。
近くに光明寺というお寺があり特別に本殿の中を見せて頂きました。本来、ツアーに含まれておらず唐突にお邪魔したにも関わらず快く迎えてくださりありがとうございました。

上府第一トンネル 

旧線を辿ると、トンネルがあります。
地図を見ると上府第一トンネルです。遠くからでも分かる【立入禁止】と有刺鉄線。
入れない事は無いでしょうが、せっかくの楽しいツアー。ルールはちゃんと守りたい。
(後に一つ、安全第一に気付かず通り過ぎトンネル入りました。申し訳ございません。)

今福線が今回のメインですが、実はもう一つ目的がありました。

有福中学

それが廃校です。現在有福分館となっていますが元は有福中学校です。この横に小学校があります。
こちらの中学校は取り壊しが決まっているようです。
まずは中学校の方に入ります。

有福中豆タイル 

その前に、入り口床の貴重な豆タイル。

有福中階段

廃校内部へは初めての挑戦。

有福中階段2 

階段ってこの構図で撮るのが好きなんですよね。

有福中廊下 

管理されている為、内部の時計は私の腕時計と同じ時刻を指していたのですが、どうやらツアーの方々曰く一分早いようで【島根時間】と命名されました。
有福中校章 

テンションの上り様に荒ぶる校章。

有福中校歌 

校歌はどこもだいたい同じようなメロディーだと以前聞いたことがあります。
小学校の時の効果は覚えているのですが、高校は全く覚えていませんね。中学も曖昧です。

焼却炉 


小学校へは外の渡り廊下を利用するのですが、その時に会った焼却炉。
私の時代はありませんでしたので、時代を感じますね。

有福小廊下 

何度も言いますが本当この日は天気に恵まれました。
陽の光が木造校舎の木の温もりを演出させます。

有福小階段 


そしてこの校舎ワックスを掛けたようによく滑ります。

案の定、階段から滑りました。まぁ、階段から落ちるのは慣れてるので怪我はしませんでしたが。
ワックスがけの時絶対一人は膝ついてズボン真っ黒にするよな!」
って話で素直に私が挙手。
「あ、はい!私です!」

有福小外観 

中から見た校庭。鉄棒が大中小とありますね。あの一番大きな鉄棒乗るときはまず中くらいの鉄棒から移ってから回りますよね?
・・・私だけでしょうか?

有福小 

有福中学からみた有福小学校。こちらは保存されるそうです。

有福小正面 

正面玄関だけ見ると異国の建物な感じがします。
もう少し探索したい気持ちを抑え今福線へと戻ります。

有福第三トンネル 


こちらは有福第3トンネル。本来は草木生い茂りトンネルは見えないのですが地元の方々が見える様にしてくださったようです。
あのトンネルの先にはいけないのですがね。登るには難しそうです。

橋脚3基・橋台2基 

第三トンネルから少し行った場所です。ちゃんと上へ登る道はあるのですが私を含めほとんどの方が急な斜面を登ってます。
「撮るなら4本入れて撮りたいやん?」
という言葉に魅了され登りました。登ってよかったです!
帰りは流石に道を使いましたが!

5連アーチ 

また少しバスで進むと、見事綺麗な5連アーチ!
そしてこの5連アーチから湧き水がわいて有りコップも置いてあります。
飲んだ方曰く美味しいようです。今回は胃の調子が悪い為、あきらめました。


大木

5連アーチからも大きな木が目立ち、歩いて少し山を登ります。
大木見た事ありますか?って聞かれて「トトロ住んでそうな気は家の前にありました!」
というより、昔本当にその気にトトロが居ると思って眺めていたことも・・・ 
こちらの木はシイの大木ともう一つスダジイと書かれてました。
大きすぎてカメラおさまらず、一部撮影したのがこちら。おそらく、折れてそこから成長したのではないかと思われます。
管理されてる方が快く見せて下さりました、ありがとうございます。

四連アーチ 

また進みまして4連アーチ!
土木学会選奨土木遺産認定されております。

今福第四トンネル 

実は予告で使っていた写真はここの今福第4トンネルです。
このトンネルの先が一番きになるなぁーという感じがして採用しました。

今福第四トンネル内部 

トンネルを抜けるとそこは・・・

一連アーチ 

1連アーチが掛かっていました。
そして川には苔の生えた石が。渡る人もおり返りが落ちることを期待しカメラを向ける人もいました。しかし、誰も落ちず!

今日の散策はここまでとのことでバスに引き返し明日の朝食と飲み物調達へ。
買い物を終えて外に出ると雲城まりづくり委員会の方々が来られており、案内マップを頂きました。どうやら、絶滅危惧種でハッチョウトンボという小さな生き物がいるようです。
模型みせてもらいましたが、本当に小さかったです。

その後、三又温泉に行き一日の疲れを癒し宿泊施設である森の公民館で懇親会。
今回案内してくださった方々との交流を楽しみました。
初のコテージにテンション上がりながらも11時には引き上げ、1日目が終了しました。

次回:2日目に続きます。



【鉱石の道】鉱ざんまい!【銀の馬車道】その2

さて。
ここからは、【銀の馬車道】となりますね。
生野銀山から飾磨港(現姫路港)に銀が運ばれます。

三木家付近馬車の道 


こちらが当時の銀の馬車道です。馬車に合わせて石が敷いてあります。

マンホール 

福崎町のマンホールです、どうぞ、おおさめくださいまし。

銀の馬車道案内図 

道なりにはこうなります。ここにはとても個性的なゆるきゃら的存在がいるのですが後にしまして・・・

三木家 

まだ、公開されておらず特別に見せて頂きました庄屋の三木家です。中から撮影してますので目の前が馬車道となります。
銀の馬車道の為に土地を提供し門が少し小さくなったとお話を聞きました。

三木家内部 

入って左がお庭。素直にもう、好きです。好きと以外に例えがありません。
中もすごい素敵なんですが、話が長くなるので一部だけ。また、どこかで1枚写真乗せるかもしれませんけどね。

そして、外へ出て上記の馬車道を通りますと案内掲示板があるわけです。
掲示板を少し通り過ぎ左に行くと、個性的なゆるキャラ的な存在がいる池に着きます。

ゆるきゃら 

こんな感じで、ボスがいるわけです。天狗さんからはもうダンジョンボスの空気しか漂ってこないですね。そしてこちらのカッパの名は兄の河太郎(がたろう)。

河次郎 

弟は河次郎(がじろう)。池に住んでいます。
なんで、カッパ?と少し調べてみました。

簡潔に言いますと、近くに市川という川が流れておりそこの岸に駒ヶ岩と呼ばれる岩がありそこに兄弟で住んでいました。そして川に遊びに来る子ども達の尻小玉を抜く為に子ども達は怖がり近づかなくなりました。それを後悔して、夜な夜な日本民族学の父と呼ばれ柳田國男先生に謝ろうとここへやってきました。待っている間、兄の池のほとりで。弟は皿が乾くと池の中で待っていました。
それは何年と続き、兄は皿の水が固まり動けなくなって固まります。弟はこうやって池にいるので大丈夫だったため待っています。(※という設定です。)

・・・・おう?

よし!この兄弟の事は分かった!最後に、尻小玉抜かれるかもしれませんよ?と書いている以外、不穏な空気は無い!というか、反省しつつもやっぱりカッパにとって尻小玉って美味いもんなんでしょうね。池に来ても河次郎さん食べてますし。ちょっとお兄さんの設定は辛い。弟よ、助けてあげて!
河次郎は15分置きに池から顔を出してくれます。そして、ちょっとした観光地になっており観光バスが止まっていました。

・・・あの、天狗さんは・・・?

天狗 

いるんですよ。池から少し上に上がったところに小屋があるんです。こっちはよく時間帯分らないんですが行った時見れました。何故かね、どら焼き食べてるんです。
そして、こっちは話します。小屋に入るとセリフにバリエーションがありつぶやきます。
しかも、出てきて一時停止をしてくれるサービスショットタイムもあります。一度戻ったと思えば戻ってきてくれるくらい親切です。

天狗やカッパの発想はどこからとまたさらに調べますと、先程名前を出しました柳田國男先生著者の「妖怪談義」からきているようです。少し謎が解けてよかったです。

柳田國男家 

そしてこちらが柳田國男先生の生家です。

柳田説明 

先生は「日本一小さい家」とおっしゃっています。
江戸時代の中期の建築と考えられ当時の一般農家の基本的平面を持つ民家とし貴重です。
中に入ってみた感じ、雰囲気あっていいなぁと思いますが確かに今の生活に慣れている私にとっては住むには辛いでしょう。

洋風館 

こちらは生家をもう少し上に上がった場所にある民俗資料館。

(こういう感じの建築)好きでしょう?と聞かれ、大きく頷きました。
左下の二番目の窓のさらに一番下の右側・・・入り口に一番近い小さな窓だけ、波打っている様に見えました。他の窓はそうでもなかったのですが・・・気のせいかもしれませんけどね?
中は、学校に似た匂いがしてとてもいいです。(※個人の感想です。)
文献等が置いてあります。

それでは、鉱石の道に戻ります。ここから、飾磨港まで!


飾磨港 

こちらが飾磨港となります。

飾磨港説明 

こちらが飾磨港の説明となります。書くより分かりやすい!それが、案内板です!
簡潔できれいで、無駄のない!それが案内板です!

倉庫跡 

そしてここの案内板に載っている場所がすぐ近くに見えます。
これは・・・イギリス積みですね!
このふさがっている場所から荷物の出し入れをしていたと思われます。
実は今は会社の壁の一部でして、あまりうろつくとよろしくないみたいです。
出来る事なら、中も見てみたいです。

自販機 

道中には、良い感じの自販機があります。
ここが一番、お金使いたい衝動に駆られましたがなんとか耐えました。

以上が鉱石の道・銀の馬車道のツアーでした!
二つのコースを一日でまわるとう何とも美味しいツアーですね。

下からは私の感想となりますのでお暇でしたらお付き合いください。↓

改めまして、桜木はるかです。
実はですね10月にあった生野ルートダルジャンや、駒ヶ林の町歩きにも参加させていただく予定でした。しかし、10月に丸1カ月程体調を崩すという大ハプニングが起きまして・・・・。
仕事は行きましたがこれはどううにも行って楽しめないぞ?良い記事が書ける気がしない・・・そして、絶対乗り物乗ったらあかんやつ!と判断して休日は家で過ごしていました。
原因は恐らくPM2.5ではないと思われます。10月の後半までずっと自力で治そうと思いましたが限界で病院で薬もらうと良くなりました。病院は行くべきだなぁと感じた月です。

今回のツアーは復活記念でありとても快調に楽しませて頂きました。
少しでも、距離や仕事・用事で行けなかった方が楽しめる様に。興味はあるけど行くのに迷っている方への参考になれば幸いです。

本来ならもう少し早く投稿したかった2部構成ですがなかなか感覚が戻らず時間がかかり楽しみにしてくださっている方には大変お待たせを致しました!

最後になりますがツアー関係者様・参加者の皆さまお疲れまでした!
またどこかでお会いすることがありましたらよろしくお願い致します。
そして、ここまで読んで下さりありがとうございます。脱字・誤字・不明文に関しましては少しづつなおしていきますのでご了承ください。

次回の予告。

ー未成線。

それは、実現されなかった路線。

そばあり、海あり山あり、廃校あり、未成線あり!そして、感動ありの今年最後の1泊2日。

宣伝用 




tag : 銀の馬車道福崎町飾磨港

【鉱石の道】鉱ざんまい!【銀の馬車道】その1

お久しぶりです。
今回、『近代化産業遺産明治浪漫探訪ツアー』に参加してきました!

ん?ん?ってなる方のため私なりに説明しますと、エンジョイ鉱山!です。
去年、初鉱山デビューである明延鉱山神子畑選鉱所・イケメンマネキンが仕事をしている生野銀山に行けちゃうツアーなんです。

【鉱石の道】とは明延→神子畑→生野銀山をつなぐ道の事です。
【銀の馬車道】とは生野銀山から飾磨港(姫路港)をつなぐ道です。

本来なら二つの道に分かれているのですが・・・

同時に巡りましょう!というものなんです!!

回った順番が、飾磨港→福崎町→生野→神子畑→明延ですがこれじゃ逆さになっていしまいますので、分かりやすく書いていこうと思いますのでこの順番とは異なりますのでご了承ください!

明延→神子畑→生野(鉱石の道) 生野→福崎町→飾磨港(銀の馬車道)となります。

それでは、探鉱である明延鉱山から!

明延鉱山 

この風景は久々ですね。こちらを訪れたのは去年の春でしょうか?

明延鉱山への詳しい説明や写真は過去の私の記事を参考にお願いいします。→明延鉱

本来行った時間軸で言いますと、夕方です。ほんのりと夕日を背に感じながら中へ。

明延鉱路 

なんとなくですが、去年入った時より暗く感じました。外の影響かとも考えましたが、鉱山の中なのでそれはないかと。以前の記事でも書きましたが本来ならば奥に見える電球もなくヘッドライトで進むわけですからね。足元も一切舗装なしです。

明延鉱路1 

目が慣れてくるもやはりくらい。中は、ひんやりとしており季節関係なく上着は必要になります。
明延鉱山は古く奈良の大仏にもその銅が使われていたと言いわれる程です。明治の終わりごろからスズとなりました。

落石後 

ライトの奥には落石した岩があります。これ以上落ちてこないようなので安心してガイドの方の指示に従い見学に行ってくださいね。

分かれ道 

こちらが分かれ道となります。この前やっていた「Aさんの話」で放送されていた場所はこちらです。こちらを左に進みます。
中には、当時使われていた重機等がありますので、是非自分の目で見てもらえたらと思います。
全部、綺麗に撮れてたら載せたかったのですが何せ暗くやはりシャッタースピードを変えても私の技術じゃ全部とれませんでした。

出口 

ずっと奥まで進むと出口です。実は、この奥ちゃんと出口は開いているのですが真っ暗です。
変だな、以前は近くまで来ると明るかったのに・・・と思ったらなんと雨!そして、もう真っ暗!
山の天気は変わりやすいですし、季節は冬の17時代!当時働いていた方もこのこの暗がりのなか歩いて家に帰ったのですね。さすがに、ライト無いと危ないと思いました。

それでは次に選鉱に行きましょう。

シックナー 


まずここにきて思った事は場違いにも広角レンズが欲しいということでした。
端がどうしても切れてしまいます!
こちらは、私のお気に入りのTシャツ神子畑Tシャツが販売されている神子畑選鉱所です。
モデルのシックナーさんですは相変わらずの可愛さです。

ムーセ 

こちらが当時、生野銀山にあったフランス人技師・ムーセの旧居となります。中には選鉱所のジオラマや資料、お土産販売などされています。しかし、このムーセ旧居去年と何か異なります。

ムーセ工事中 

実は修理をしていたらしく普段なら見れない床下が見放題状態。かなり美味しい時期にやってきたようです。
そして、こちらの選鉱所の近くには神子畑小学校があります。しかしながら時間の都合上自由時間に行けそうになく断念しました。(原因は神子Tの色選びです。)

神子畑橋 

生野銀山へ場面を移す前に神子畑鋳鉄橋。手すりが低いので身の乗り出しは気を付けてくださいね。

では、製煉の役目を持つ生野銀山へ!

マロニエ 

と見せかけての・・・・

ハヤシライス 

お昼ご飯!ハヤシライスでございます。マロニエさんでいただきました。
生野銀山に赴任してきた都会の男たちの奥さんたちがハヤシライスを作ると、「こんなにおいしいものがあるのか!」と感動を受けたそうです。

生野ハヤシライス 

そして二種類の味があります。30年代を家で食べましたがこちらの方がマロニエさんに比べ甘く感じました。当時を知らずとも「あーなんな懐かしい」と呟いてしまします。
1パック500円ですので、お土産価格では買いやすい類に入ると思いますよ。

生野銀山入り口 

世の中の婦女子の皆さまお待たせをいたいました。イケメンが沢山いることで有名な生野銀山です。
マロニエさんを出てすぐに入り口があります。
生野へは、以前ワンダーマッピングでお世話になりました。(奥銀谷の方を歩きました。)
バス移動だから行きやすいですが、結構電車個人だと車無い勢には厳しくなりますので本当ツアーは助かりますね。

マネキン1 

入って少し進むと、いらっしゃいました!第一イケメンマネキン発見です!
生野銀山は1200年という歴史を持ち江戸時代は直轄鉱山、明治には日本初の官営鉱山になります。
生野銀山も明治以降には銅をとっていたそうです。

マネキン2 

中はやはり寒いですが、観光地化されている為、中の道はきっちり舗装もされております。
どうりで、歩きやすいしヘルメットも被らないわけかと納得。
そして、このイケメンマネキンは手が動きます。

マネキン3 

狭く暗い場所で仕事をなされています。このマネキンは横顔しかみれませんが、男気があふれています。私ならこんな暗いと自分の手を金槌でたたいてしまいそうです。

マネキン4 

寒い寒いと言いなが歩いていますが、当時の人はどうだったのでしょう?やはり仕事をしていたら暑く感じるのかちょうどいいと感じるのか。いいや、それでも寒い気がしますね。
マネキン5 

恐らく私の中で一番惚れたマネキンさん。今度から、好きな人はいるのですかと聞かれたら無言で写真を差し出したいと思います。

マネキン6 

こちらは近代に近いスタイル。ちゃんと防塵マスクをしていますね。

マネキン7 

こちらも近代スタイル。防塵マスクをしてもやはり全部を防ぐのは難しかったとガイドの方がお話してくださいました。肺の病気がつきものだった様です。

巻き上げ機 

生野銀山はマネキンのイメージが強くマネキンを紹介しましたがちゃんと、当時使っていた機械も見ることが出来ますよ!こちらの巻き上げ機、今ならPC作業で出来る事を手動でやっていたそうです。
数字が書かれているのですが、手動で両サイド合わせるという至難の技!私が一日やってたら、精神力が足りないと思います。

さぁ、ここまでがいわゆる鉱石の道となります。
長くなりましたので一度、区切ります。
次回は、銀の馬車道を追っていましょう!

tag : 明延鉱山神子畑選鉱所生野銀山

モノレールに未来の夢をみる。part2

シンポジウム

後半からは、市原先生が司会をされ話を進められます。

「モノレールの先進性と教訓」

まず、筑波大学の石田先生のお話。
石田先生は、交通や道路を専門とされている方です。

都市開発と連携し、大将軍駅や手柄山駅は年と共に生きていると言われました。
しかし、問題点があり常陽の減少や経営苦難、制度(補助)が悪く廃線に。
他にも自動車の使用が増えた事も関係するようです。

受け継がれているのは土木遺産や志。

解決策として挙げられたのは、高齢社会に伴い公共整備。つまり、公共機関を使ってもら機械を増やすという事です。そうすれば、歩く機会も増える為町が賑わい活性化にも繫がる案です。
今私は、車を持っていないので公共機関や自転車徒歩しか移動手段ない人はあり前のようにそうしていますが、車を持ったら利用しようと考えないと思います。
自分で運転した方が早いし、時間にも縛られないですからね。きっとこういう考えからだんだんと需要が減っていくのですね。
・・・・難しいところです。

話手は代わり続いては、知る人は知る神岡鉄道を「レールマウンテンガッタン号」の田口氏。
神岡鉄道を私が説明するより分かりやすい公式サイト様はこちら

こちらガッタン号、開始時は地元の人や撮り鉄向けが来ることを期待しするもなんと、興味を持ったのは、ファミリー層や大人の贅沢度が好きな人々という違う方向にという話がとても興味深いです。

モノレールの活用についてはこう述べられています。

・注目されている今がタイミング。
前回の岡田先生がお話されていた様に遺産になる目安は50年。逃せばまた数十年待たなければならなくなり、それこそその時の価値観がまた変わってしまうかもしれませんね。

・壮大なストーリーをどこまで見せられるか?
廃線までのドラマだと言われてました。
「こに50年モノレールが走っていたんだよ。」と言われ好きな人はそこからさらに食いつきますが、特に興味のない人からすれば「へぇー」くらいなもんで、そこで終わってしまいますもんね。
私も誰かに説明するときは、簡単でも良いのでどういう経緯でここにそれが出来たのかを話す様にしています。
これこそ、夢の語り部でしょうか?

・主となる人達が思う存分「バカ」になる。
一番、私の中で好きです。どれだけ、人から無駄やできるわけないと言われる無茶なことをやるという、やっていいと言われている様で勇気をもらいました。
主より脇に居たいのが、私なんですけどね!?

話し手は代わりまして、ZIPで知る方が多い斎藤雪乃氏。

モノレールの活用についてとても、面白い提案を沢山されました。

・スマホをかざすと、昔の風景が見えるAR対応。

それは、見たい。一体を昔の風景見れるようにして歩くのは楽しそうです!
あぁ、ただ、歩きスマホは危ないから一部になりそうですね。でも、見たい!

・残っている柱をロープっで繋ぎスキーリフトの様に活用

これなら高齢者も乗れるのではと提案されました。
これに対し、岡田先生が「海外ではロッククライミングとして使用されている例」を紹介してくださいました。登りごたえありそうですね。町の中で六クライミング面白そうです。

・もっと知ってもらう為にレプリカ車両を人目の付く場所に置く

例として姫路駅があげられました。
此方は、後でお客さんとの意見交換で言われた事ですが「モノレールを手柄山駅まで見に行く機会が少ない」と。
モノレールは山の上にあり、水族館と隣接しています。歩いた私の感想ですが、一番初めに手柄山へ行った時公園に着くまでが既に坂道なんですよね。そこからさらに上に登るわけですから、確かに興味をない人に勧めても行く気にはならないと思います。
一番初め、行く道中はもうここに来ることは無いだろうとも思いましたがまぁ、見事ロッピーという運命の出会いをしてしまい三度目ですけどね!

駅に置けば、宣伝効果は高いですし何より子どもの目にも付きやすいのではないでしょうか?
よく話しますが学生時代、どうやって人を集めるかの授業でターゲットを子どもに絞る例を教えてもらいました。子どもを連れて家族がその場所へ訪れる、子どもが喜ぶとまた来るという連鎖があると。
後は、今注目されている姫路城周辺でしょうか。上手く連鎖して欲しいですね。

ここで、市原先生が「モノが残らないと議題になりにくい。」とより一層残す事の大切さをお話されます。記録からも調べることは可能な事もありますがやはりモノが残っていないと遺産にはなりづらいのですね。
ノート取りながら、私はまだまだ知らなければならない事が多いなぁと感じました。

最後はモノレールを提案した前市長の三男であり現市長である石見市長のお話。

石見市長もこれまで様々な活用を提案されてきました。

・モノレールにネットをはって慰霊塔まで歩く計画。

→しかし、危ないため断念されます。

・柱を使いソーラー風力発電を計画。

→しかしこちらも工事費がかかる為断念。

そして、現在は緑化を行っています。

私の作った大将軍駅の動画を見て下さると分かるのですが最後の部分に写っていた緑色の柱。
実はあれは、もともと橋脚なのです。

石見市長の理想としては、来るまでは無くモノレールを使って通勤や通学をしてもらい歩く町にしたいとのことでした。

これは学生時代、営業されている方に聞いたお話なのですが都会になる程、車を使うより歩いたり公共機関を使う方が移動が楽だといわれていました。

となればやはり、公共整備に力を入れるべきなのか・・・?
そして、姫路駅や姫路城の周辺でもっと宣伝していくことが大事ななのか・・・?
と、知識の少ない頭を悩ませました。

以上でお話が終わり意見交換会が始まります。

・姫路モノレールに乗っているバーチャル体験
という意見があり個人的に一番惹かれました。VR・・・いいんじゃないかな?って。

・ガイド付ツアー、人材育成。

色々なワークショップに参加させて頂いていますが共通の意見です。
ガイドブックがあっても、直ぐに読む気にならないのでしょうか?それに、やはり知ってる人や、当事者から聞く話の方が価値観が感じられますよね。
それに、またそれを知人に説明して進めるときとても説明しやすいと私は思います。

そして、残念ながら撮影は出来なかったのですがシンポジウム受付手前に小学生が行ったワンダーマッピングの発表が展示されていました。
そして、その学校の先生がシンポジウムに参加されており感想をお話してくださいました。

「子どもの目線が面白い」と。

モノに着ける名前や以意外な場所から見つけてくるそうです。
子どもと大人の目線で世界は大きく変わると言われますが、それは子どもの特権ですね。

最後に纏めとし、市原先生が「連携をとり継続していくことが大事。シンポジウムを行う等」とおっしゃられ、今回のシンポジウムは終わりました。

貴重なお話ありがとうございました。そしてここまで読んで頂きありがとうございました。自分なりに、丁寧に書いたのですが至らない部分も沢山あると思います。失礼な表現がありましたら、申し訳ございません。関係者様、参加者様お疲れ様でした!また、どこかで機会がありましたらよろしくお願い致します。
ここから下は私事になりますので暇な方だけどうぞ。

後半お待ちいただいた方々、大変お待たせ致しまして申し訳ございませんでした!
思っていたより体調不良が長引き遅くなってしまいました。
原因は、PM2.5の影響説が一番有力です。薬のおかげで、随分回復しましたが記事書いている際も完全に回復していない状態ですので10月はあとわずかですが仕事と近場以外は安静にする予定です。
この記事を掛けたのも奇跡的な2連休のおかげです。
11月からはまた活動を始める予定ですのでよろしくお願いします。(後は企画を実行するだけ)

それでは、またよろしくお願い致します!
プロフィール

桜木はるか

Author:桜木はるか
憧れの方々の背を追って一眼レフと色々頑張っています!主に廃的なモノを好み現在は産業遺産を巡っています。

まとめ主に好きなもの:写真・カメラ・廃墟・ニコ動・麻雀・お絵かき

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